綿について

綿の歴史

綿の栽培と利用は世界ではきわめて古くから行われていたことは間違いありませんが、その起源については必ずしもはっきりとしていません。文献によってもまちまちで、WEB上の資料も参考にするならば約8000年前とするものから約5000年前とするものもあります(『もめんのおいたち』P105参照)。考古学上の研究成果によって現在進行形で時代が遡っていっているのかもしれません。

綿の歴史

綿の種類

type_thm03 綿は、植物学上はあおい科Genus Gossypium(ゴシピウム属、ワタ属)に属します。大きく分けて、1. Gossypium arboreum(アルボレウム)2. Gossypium herbaceum(ヘルバケウム)3. Gossypium barbadense(バルバデンセ) 4. Gossypium hirsutum(ヒルスツム)の4つの種類に分類され、木綿庵において和綿と呼んでいるのは1. Gossypium arboreum(アルボレウム)、洋綿と呼んでいるのは4. Gossypium hirsutum(ヒルスツム)に分類される種類と思われます。

綿の種類

大和(奈良県)の綿

大和国(奈良県)では、江戸時代以前の元亀・天正頃(安土桃山時代)からすでに木綿栽培が盛んに行われていたことが文献の上からもはっきりとしています(朝倉弘「近世初期の大和の綿作について」京都大学文学部読史会編『国史論集二』所収、1959年)。 江戸時代の初期(1645年)に成立した『毛吹草(けふきぐさ)』という書物の中でも、大和の名物として早くも「郡山の繰綿」が取り上げられています。畿内では、その後、河内、和泉、摂津が木綿栽培、紡績、織布の先進地帯として発展していくことになりますが、大和地方もそれらと並ぶ綿の産地として展開していくことになります。

大和(奈良県)の綿

綿の栽培

綿はもともと熱帯ないし亜熱帯の植物です。植物学的には「あおい科」のゴシピウム属に属します。芙蓉(ふよう)やハイビスカス、野菜の「オクラ」などと同じ仲間で花のイメージも大変よく似ており、清楚で美しい花を咲かせます。国内での栽培適地は東海、近畿地方より以南。関東以北でも種々の条件や工夫によって栽培は可能なようです。

綿の栽培

綿の加工

蒴果がはじけると中から白い繊維の塊が姿を現します。そのまましばらく置いておくと塊がフワフワにふくらんできて、かわいいコットンボールとなります。

綿の加工

綿のライブラリー(資料室)

ここでは当方が所蔵している綿に関する資料について紹介しています。H.A.M.A.木綿庵を設立した2008年以降に蒐集したもので、そのときどきによって関心の違いはあるものの、概ねテーマは日本における栽培の歴史、中近世から近現代にかけての木綿業の盛衰、機織り、植物染め(草木染め)、栽培や加工の技術、日本各地の取り組み、その他に集約されます。
資料の形態は「書籍」、「図録」(博物館のパンフレット等を含む)、「論文」(掲載誌からのコピー)、「資料」(雑誌記事や書籍の一部コピー、講演会レジュメ等を含む)の括りで分類しています。
現時点で所有している資料の一覧は下記のとおりです。

綿のライブラリー(資料室)

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